「PM(プロジェクトマネージャー)の動きが鈍い」「現場がうまく回っていない」──そんな声を耳にしたとき、多くの組織はPMやメンバーのスキルや努力不足を疑います。しかし、本当にそうでしょうか?
プロジェクトのパフォーマンスが出ない原因は、実は最上流にいる「プロジェクトオーナー(PO)」の役割不全にあるケースが少なくありません。
POは、プロジェクトの方向性・制約条件・投入できるリソースを定義し、最終的な意思決定を下す存在です。にもかかわらず、現場ではPOがマイクロマネジメントに口を出しすぎるか、あるいは何も決めずに放置し、問題が起きてから指摘するだけという極端なパターンが頻発しています。
このような状況では、どれだけ優秀なPMでも力を発揮できません。現場は「どこに向かえばいいのか」「何を優先すべきか」がわからず、判断ができないまま手を動かすしかないのです。
本記事では、「POとは何をする人なのか?なぜその役割が重要なのか?」を明らかにし、プロジェクトを成功に導くためにPOが果たすべき意思決定のポイントについて整理していきます。
POとは何者か?PMとの違い
プロジェクトの推進役といえば、一般的にはプロジェクトマネージャー(PM)が思い浮かびます。WBSを引き、進捗を管理し、チームを取りまとめていく──そうした現場マネジメントを担うPMの役割は非常に重要です。しかし、そのPMの上位レイヤーに位置するのが「プロジェクトオーナー(PO)」です。このPOの存在と役割が、現場では十分に理解されていないことが多く、それがプロジェクトの混乱を招く原因となっています。
POは、プロジェクトの目的を定義し、与件(制約条件)を設定し、必要なリソースを確保する役割を担います。つまり、「なぜこのプロジェクトをやるのか」「どこまでが守るべき条件か」「何を使って実現するのか」を決める立場にあるのです。これはPMの役割とは明確に異なります。
一方、PMはその与件の中で「どうやって目的を達成するか」を計画・実行する役割です。与えられたゴールと条件のもとで、最適な進め方を検討し、現場をマネジメントしていきます。言い換えると、POが「What/Why(何を・なぜ)」を決め、PMが「How(どうやって)」を実行するという関係にあります。
しかし現実には、POが自らの役割を認識せず、PMに「何をやるか」すら丸投げしてしまうケースも珍しくありません。逆に、POが現場にまで細かく介入し、PMの意思決定を奪ってしまうこともあります。こうした役割の混乱は、プロジェクトの遅延や品質低下を招くだけでなく、関係者の信頼関係を損ねるリスクすらあります。
プロジェクトを健全に動かすには、POとPMの役割を明確に切り分け、それぞれが自分の責任範囲で最良の意思決定を行うことが不可欠なのです。
POが担う5つの意思決定
プロジェクトオーナー(PO)は「最終意思決定者」であり、プロジェクトの進行における大枠の判断を担います。ここでは、POが担うべき意思決定を5つに整理し、それぞれの重要性を明らかにします。
1. 目的・方針の決定
まず、POの最も重要な役割は「なぜこのプロジェクトをやるのか?」という目的と方針の明確化です。売上拡大なのか、業務効率化なのか、顧客満足向上なのか。ゴールが曖昧であれば、PMも現場も判断に困り、方向性を見失います。
2. 優先順位の決定
プロジェクトでは、コスト・納期・品質・機能など、複数の要素がトレードオフの関係になります。どれを優先するかを決めるのはPOの仕事です。特に、問題が発生したとき「どこを削るか」「何を守るか」を判断できるのはPOだけです。これは現場の判断範囲を超える領域です。
3. リソースの決定
プロジェクトにアサインする人材、使える予算、期間など、リソースの枠組みを決めるのもPOの責任です。進行中に人手不足や技術的なギャップが発生した場合、それを補うための外部委託や追加投資を判断するのもPOに求められます。
4. 関係者調整・調和
プロジェクトには経営層、事業部門、IT、現場など多様なステークホルダーが関わります。意見がぶつかったときに最終的に折り合いをつけるのはPOの役割です。誰を優先し、どの方向でまとめるかの決断は、組織的な視座が必要です。
5. Go/No-Goの判断
プロジェクトを「始めるか否か」「このまま続けるか否か」「リリースしてよいか否か」といった節目ごとの判断もPOの責任です。現場が頑張っていても、全体として妥当でないなら止める判断が求められます。
なぜPOの意思決定が重要なのか?
プロジェクトは、予定通りに進むことのほうが少ないと言っても過言ではありません。スケジュール遅延、追加要望、コスト超過、技術的課題など、想定外の出来事は必ず発生します。こうした場面で求められるのが、プロジェクトオーナー(PO)による優先順位とリソースに関する意思決定です。
たとえば、開発中に新たな要望が顧客から挙がり、スケジュールとコストの両立が難しくなったとしましょう。このとき、現場であるPMやチームが「何を削るか」「どこに追加投資するか」を判断できるでしょうか? 答えはノーです。なぜなら、プロジェクトの本質的な目的や組織としての優先事項は、POしか把握していないからです。
ここでPOが意思決定を放棄すると、現場は迷走します。「どこまで品質を担保するか」「この機能は本当に必要か」「追加の人員を投入すべきか」といった判断をPM任せにしてしまえば、プロジェクトは軸を失い、現場の疲弊を招きます。逆に、POが即座に「この機能は後回しにしよう」「人員を増やして納期は守ろう」といった判断を下せば、現場は自信を持って前に進むことができます。
また、リソース配分に関しても、POの意思決定は極めて重要です。人手不足、スキルギャップ、外部ベンダーの活用判断など、PMでは決めきれない“資源の再配置”はPOの役割です。POが動かない限り、現場は打ち手を持たず、ただ疲弊していくしかありません。
プロジェクトが停滞したときに真っ先に求められるのは、POの意思決定です。POが早く、明確に「何を優先し、何を捨てるか」を示すことができれば、プロジェクトは立ち直ります。逆に、ここが曖昧なままでは、いくらPMが努力してもパフォーマンスは上がらないのです。
よくある失敗例と改善アプローチ
POの役割が曖昧なまま進められるプロジェクトには、いくつかの典型的な失敗パターンがあります。それらはプロジェクト全体の混乱を招き、PMや現場のモチベーション低下にもつながります。ここでは、特によく見られる失敗例と、それに対する改善アプローチを紹介します。
失敗例①:POが現場に丸投げしてしまう
プロジェクトの目的や優先順位、与件が曖昧なまま、PMに「よろしく頼む」とだけ伝えて現場を任せきりにしてしまうケースです。
この場合、PMは「どこまでやれば合格なのか」が見えず、手探りで動くしかありません。進捗が出てもPOから「それは本質じゃない」と後から言われ、現場の士気が下がる悪循環に陥ります。
改善アプローチ
プロジェクト開始前に、POが「目的・期待値・成功基準・優先順位」を明文化し、PMと共有する場を設ける。途中でも方向性を確認する「定期レビュー」を行うことで、軸のぶれを最小限に抑えることができます。
失敗例②:POが細部までマイクロマネジメントしてしまう
一方で、細かい実装方法や進め方にまでPOが介入し、PMや現場の判断領域を奪ってしまうパターンもあります。現場は「自分たちで考えなくていい」という姿勢になり、スピードも創造性も失われていきます。
改善アプローチ
POが関わるのは「目的」「優先順位」「リソース」に限定し、「どうやるか(手段)」はPMや現場に委ねる。判断領域の線引きを明確にし、PMに裁量を与えることで、主体性とスピードが生まれます。
失敗例③:POが意思決定を後回しにする
要件変更やスコープ調整など、重要な意思決定が必要な場面でPOの反応が遅れると、現場は停止します。意思決定の遅れがプロジェクト全体の遅延やコスト増を招きます。
改善アプローチ
「判断が必要なテーマ」をPMからPOにエスカレーションするルートを明示し、POは判断のスピードを重視する。「意思決定は時間との勝負」という意識をPO自身が持つことが大切です。
POの役割は単に「偉い人」ではなく、現場が判断できないことを決め、現場が動ける環境を整えることです。その認識があるかどうかで、プロジェクトの成否は大きく変わります。
まとめ
プロジェクトがうまく進まないとき、PMや現場の動きが悪いと感じることは少なくありません。しかし、視点を少し上げてみると、実はその原因の多くが「POの意思決定の欠如」にあることが見えてきます。プロジェクトオーナー(PO)の本質的な役割は、「現場が判断できないことを決めること」に尽きます。目的や方針を示し、与件やリソースの枠組みを定め、優先順位やステークホルダー間の利害調整を行う。これらの意思決定があるからこそ、PMは手段を考え、チームは迷いなく動けるのです。
逆に、POが何も決めず、状況が悪化してから「なぜこうなっているんだ?」と指摘するだけでは、現場は疲弊し、PMも本来のパフォーマンスを発揮できません。PMの力量不足に見える問題の裏側に、POが「決めていない」「関わっていない」ことが隠れているケースは非常に多いのです。また、POがマイクロマネジメントに走ることで、PMやチームの主体性を奪ってしまうこともあります。「決めるべきこと」と「任せるべきこと」の境界線を意識し、POとPMが補完関係にある状態をつくることが、プロジェクトの健全な推進に不可欠です。
プロジェクトの成否を左右するのは、華やかなテクニックやツールではなく、「誰が、どこまで、どのタイミングで、何を決めるのか」という極めて基本的な設計にあります。POがこの原則に立ち返り、責任ある意思決定を行うことができれば、PMの力も現場の力も自然と引き出されるでしょう。PMのパフォーマンスが出ないと感じたときこそ、自分がPOとして「決めるべきことを決めているか」を振り返るチャンスです。プロジェクトを成功に導く鍵は、PO自身の意思決定力にあるのです。
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